facebook非連載 一話読みきり超短編小説増刊号
「精錬の島でつかまえて」 湾田船夫作
2014年1月2日、私は高校の同窓会の後、感動的な出来事に遭遇した。直前キャンセルならぬ直前参加表明のK君。同窓会だけのためにわざわざ埼玉から日帰りで参加した。K君の出身は今をときめくアートの島“犬島”だ。但し、高校時代に父と死別、高校卒業後、母は長男と一緒に兵庫県に移住したため、岡山との接点は全く無くなっていた。彼にとっては本当に久しぶりの岡山だった。
そんな彼が全日空ホテルでの一次会を終えて二次会へ移動するとき、私に駅前の某デパートへの同行を求めた。
実はそこで、昔、犬島から同じように渡船に乗って、1時間以上かけて西大寺高校に通っていた、たった1人の幼なじみの女性が働いているのだ。初売りの最中とあって、彼女は同窓会を欠席していた。というより、同窓会で会ったことはなく、私も彼女に会うのは40年振りだった。
売り場を2周したが発見できず、プレイガイドで調べてもらいやっと宝石売り場でご対面となった。会うなりK君は悪態の限りをついた。
「いつ整形したん?」
「一番下の段から14段目で、右から43番目の宝石を出して見せてくれ。」
「1万3千円のネックレスの値札を13万円のに付け直して売ってくれ。」
「わざわざ埼玉から買いに来てやったんで。新幹線代だけ値引きせい。」
彼女も負けてはいない。
「お客様、日本人でございますか?」
「ここにはお客様が買えるような安物は置いてございませんのよ。」
「お客様、汚れるので商品に手を触れないでくださいますか?」
こんな会話が約10分続いて、やがてK君は財布から1万円を出して、
「Yのイニシアルのネックレスを付き合うわ。」と言って、一番安いシルバーのネックレスを買い求めた。
彼女、「お釣りは結構です。」
「なんでお前が言うんや?客は俺や。」
いくらなんでも言い過ぎな会話の応酬がやっと終わった。
K君と彼女は物心付いた頃からの幼なじみだ。島の精錬産業が下火になるに連れ、分校は人数が減り、同級生か家族か分からなくなった。K君は粗野で野風憎で乱暴だったから、彼女も随分いじめられ、泣かされ、鍛えられたことだろう。
小学校や中学校同士の交流行事のおかげで、私も数度、島に渡って一緒に遊んだ覚えがある。当時は芸術の島とは無縁で、赤レンガの工場跡にも平気で立ち入ることができた。深くえぐられた石切り場に真っ青な清水が溜まっていて、そこでみんなでいっしょに泳いだ。
「もう、間違いなく死ぬまで会えんだろうから、お前も死ぬまで元気でな。」
そう言ってK君は彼女の頭をポンと叩いた。
「お客様こそせめてもう5年は生きて、世間様に罪滅ぼしをしてくださいませ。」
K君はそれっきり振り返ることもせず、市役所筋方面に小走りで去った。
ふと彼女の反応が気になった私は、他の店員ににこやかに頭を下げ、一秒間、彼女の様子を確認してからK君を追った。
そのとき見た光景をとてもK君には話せなかった。唇を小刻みに震わせながら、「痛み」や「憎悪」をも含んだ人間の一生分の縮図を涙袋の表面張力で閉じ込め、家族同然の彼を気丈に見送ろうとする生身の女性の姿がそこにあった。島で育ち、島を出て、互いに本土の者に負けまいと生き抜いてきた家族同然の存在との、おそらく今生の別れの瞬間だ。今日この日に訪ねてくれただけでもどんなに嬉しかったことだろう。
人間の絆は「愛」とか「血縁」とか「友情」とか「利害」とかだけで推し量れるものではない。まして「季節の挨拶」や「告別式」や「墓参り」で清算できるものでもない。いろんな記憶の全てが、それ自体で完結する個々の芸術なんだと強く思った。
1時間半後二次会が終り、K君とはカラオケボックスの前で別れた。彼の言うとおり、もう二度と会うことは無いだろうが、駅のホームまで見送ることはただの末期医療でしかない。イオンの工事現場前の歩道をゆく黒い背中に向かって、私は本当に叫んだ。
「明日死ぬなあと思ったら、電話だけでもしてくれよ。」
「あほかあ、お前が先じゃー。」
右手を上げた黒い背中が言い返した言葉を、横断歩道の「カッコー」の声がかき消した。
終